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音処探訪

2001/04/15「大阪ブルーノート」

大阪ブルーノート 行ってきました。ライブハウスといえばここでしょう、大阪ブルーノート

 改装移転前の東京ブルーノートには2回ほど行ったことがある(ヴォーカリストのヘレン・メリルとギタリストのアール・クルー)のですが、大阪は初めて。
 場所は曾根崎新地2丁目で地下鉄西梅田駅側。大阪素人の私はヒルトンホテルを目印に行きました。わかりにくい場所ではありません。(話が飛びますけど、ヒルトンホテルロビーではマグネパンのスピーカーをチェロの150モノラルアンプで駆動しています。妙な凝り方です。)

 実は今日、接待で行ったのですよ。普段なら土曜日の接待なんてノー・サンキューなのですが、こういうことなら大歓迎。よくぞ言い出してくれました、といったところでしょうか。会社の金で大手を振ってライブハウスに行けるわけですし、共通の話題もでき、相手との会話も弾むというものです。
 ただ、状況が状況ですので、ホームページネタになるようなことは一切メモに取れませんでした^^。音響設備についても何もわからず、です。

 5時開場の自由席だったので、少し前には行ったのですが、会場である地下一階に降りると、ステージ前やカウンター席前方はもう満席状態。相手の機嫌をうかがうこともなく(既にこの段階で接待する側としては失格ですね^^)、階段近くのテーブル席を取りました。ステージからだいぶ右よりで、メイシオからの距離は10m弱くらいあったかもしれません。それにキーボードとギターの奏者はカウンター席の影となり、全く見えない;;。でも、メンバーの入退場の通り道だと思ったんですよ。そしてそれは予想通りでした。

 今回の公演は2部入れ替え制。我々の行った1部の開演は6時からですので、その前に食事となります。
 しかし、東京もそうですけど、相変わらずブルーノートの料理は高いだけで旨くないですね。注文してから運ばれてくるまでが妙に早かったりしますので、厨房では料理らしい料理はしていないのでしょう。ドリンクも小さいし、ビールの小瓶で800円を請求する店はそうはないですよ。
 儲けを食事で出しているのでしょう。早急に改善を求めたいところです。サービスは悪くないんだけどなあ。

ダイアル・メシオ そういえば誰のコンサートに行ったかという大事なこと書いてなかったですね。
 ファンキー R&B SAXプレーヤー、メイシオ・パーカーです。大阪ブルーノートへは99年10月以来、1年半ぶり、5回目の登場となります。最近、全曲ファンキーなメイシオ・サウンドがいっぱいの「DIAL MACEO」(右写真)という作品を発表したばかり。

 知ったようなことを書いてますけど、私はこのアルバムは店頭で試聴しただけ^^;。今回のコンサートもここからの演奏が主だったと思うのですが、それすらよくわからない状況でした(これまた接待者としてはこれくらいの下調べはしていかんと)。「ROOTS REVISITED」と「SOUTHERN EXPOSURE」という10年近く前のアルバムは持っていたんですけどネ。

 さすがに元ジェイムス・ブラウン(JB)・バンドの出身者(60年代のJBのヒット曲の多くで彼はテナー・サックスでソロをとっており、JB'sの花形ソリストとして君臨)。曲が始まれば皆ノリノリです。
 今回のメンバーは以下の通り。コーリー・パーカーはメイシオの息子です。途中リードボーカルを取ったりして、会場を盛り上げてました。

 基本的には、「ファンク、ファンク、ファンク」なのですが、曲の節々でサイドワインダーとかオーバー・ザ・レインボウといった、ちょっとしたジャズナンバーのフレーズが流れます。
 演奏はマイクを通じた天井吊りスピーカーから流れてくるわけで、定位も何もあったもんじゃないのですが、ライブはこれでいいんだと思います。音を浴びなきゃ意味がないし、目で演奏者を追うので、聴覚が視覚に追随するためです。

 途中のバラードでメイシオ、ロン、グレッグがマイクを離れ、演奏をしながらテーブル席の会場を練り歩くというシーンがあり(厨房の中までも入っていってた。面白いおっさんだ)、私のすぐ脇でも吹いてもらいました。マイクを通さない管楽器の音は非常に柔らかい。ファンクだからといって、ただバリバリ吹いているのではないということがよくわかります。(この時の曲が、ポール・マッカートニーのマイ・ラブに似ていたのですが・・・偶然なのか、アドリブなのか、ホントにマイ・ラブだったのかよくわからん^^)。
 こういう経験を自分の再生音に生かしたいですねえ。

 最後は250人は入ろうかという会場全員総立ちで、拍手の嵐です。8曲を演奏し、約1時間20分のライブは終了。
 通路脇の席だったため、退場してくるメンバーほとんどと握手をしましたが、メイシオの手が一番柔らかく、きゃしゃだったのが印象的でした。57歳のプロの掌です。


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